教育的指導という言葉がありますが、これはかなり際どい言葉でもあります。
教育的指導と言って指導する側が指導の意味を履き違えてしまうと、体罰問題やパワハラなどが起こりますが、指導する側がそれを正しいと思って悪い意味で行動的になると、問題は取り返しのつかない事態にまで発展する可能性が高いでしょう。
パワハラも体罰も感じる側がどう受け取るかという部分が大きいですが、人によって感じ方に差があるのは当然なので、指導する側もこれが正しいという教育方針や信念に対して、常に疑問を持ちながら指導のあり方を考えることが大切でしょう。
しかし、それを深く考えない方というのはどこにでも存在します。
教育者や指導者として前に出て手本を示すことに対して、責任感や倫理観がない方が多いことが問題の本質と言っても過言ではないでしょう。
つまり、教育に対して自分なりの信念を持っていたとしても、指導する側は時代の流れや変化を感じ取って、慎重に行動することが大事だということです。